みやぎ震災復興研究センター

仙台市都市計画マスタープラン地域別構想
〜都心地区、泉中央地区、長町地区〜
中間案についての意見書

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阿部 重憲

みやぎ震災研理事
技術士・都市プランナー
新建築家技術者集団会員

<はしがき>

 仙台市の都市計画マスタープラン地域別構想に対するパブリックコメントに応募した。その全文をブログにて公開する。都市計画マスタープランは,自治体及びその市民のくらしを決定的に左右する。それにも関わらず,市民の関心は必ずしも高いとは言えない。この場で公開することにより,多少なりとも大衆的な議論に役立つことを期待している。

◆地区別構想をめぐる基本的な問題点(都市計画マスタープランの問題にもふれながら)

  地区別構想中間案からは、縮小社会との向き合い方や、まちづくりをめぐって現に発生している問題(特に地区別構想対象地区における異常な投資・投機的土地利用等)、さらには住民のニーズや期待(生活環境の維持向上等)をどのように捉え、それぞれのエリアでどのように具体化していくのかについての戦略が全く見えない。それどころか問題をさらに拡大、増幅させるような都心地区大規模開発・仙台駅周辺一極化推進構想であり、都市計画法の理念に基づく都市計画マスタープランではない。

 地区別構想に関わる3つの地区の内、都心地区はともかく泉中央地区と長町地区は拠点とは言うものの、それぞれ過去の限定的な開発事業による機能集積(泉地区は合併と公共施設立地計画、地下鉄ターミナル駅としての交通結節機能と集客施設の立地。長町地区も政令市指定、地下鉄建設・再開発事業、大規模集客施設建設とあすと長町開発による機能集積が中心)であり、特に計画的に展開されてきたわけではない。

 現実の都市内における各種機能立地は、これらのマスタープラン上の地区の位置づけや意図とは全く関係なく(大規模集客施設の立地規制も極めてルーズ)、依然として、道路及び各種交通機能の整備とモータリゼーションの進展による目まぐるしい立地環境の変化に伴って、無秩序・無計画的に進行している。

 従って、この地区別構想に今後の機能集積・更新を位置付けたとしても、その実現性に関わる担保は全くない。その理由は、現在の都市計画制度(都市再生も含む)、都市計画マスタープラン自身に存在する。それは現下の制度(地域主権の問題にはふれない)が、

  1. 計画(公共)そのものが市場原理に支配されていること。
  2. 機能主義(空間も含むモノづくり)に貫かれていること。
  3. 規制緩和が一人歩きしている(土地利用の自由)こと。
  4. スクラップ&ビルドの市街地更新で都市文化育成ができないこと。

である。特に「都市再生」の流れが強まる中でそれぞれが強化され、「公共的効果」よりも「事業収益性」にシフトし、都市計画行政における制度本来の「公共性」が失われている(反都市計画の時代と言っても過言ではない。もちろん、この動きと対峙している地方自治体もある)。都心地区やあすと長町地区における都市再生緊急整備地域の指定、拡大(後者は指定解除)等はその典型である。この事態を転換させない限り都市計画マスタープランの空文化(「都市再生(開発)」プラン化)を止めることは全くあり得ない。

◆都心地区構想の問題点とあり方

 これまでの都心の産業、生活、文化を始めとした歴史・現状認識が全くされていないのではないか。

 都心地区構想は、機能集積と空間整備を基本としているが、今日の問題は地域産業(小売商業、地場産業)が衰退(ポイントは大店法廃止)する一方、大企業のための開発拠点性が一段と向上(投資拡大)し、全国展開のチェーン店等で占められ集客競争が繰り広げられ、不動産投資の拡大(都市再生による政策誘導)等によって、真の活性化の原点であるサブカルチャー群が消えつつある。地域産業の内発性(又は個性・文化、エネルギー)の喪失の事例には枚挙にいとまがないが、とりわけ都心部の真の賑わいが消滅した象徴的な出来事は、商業再開発で全国トップクラスの141ビル(仙台の小劇場文化の拠点であった→エルパーク)の床運営が三越に移った2008年(大店法廃止が2000年)である。以後、駅前への商業集積が急速に進行している(仙台駅周辺地区と一番町藤崎周辺地区、定禅寺通地区合わせて3地区で開発競争が展開されているかのよう印象を受けるが、結局は仙台駅周辺地区の一人勝ちである)。この傾向は都市再生でさらに拍車がかかり、背後地は高層マンションで埋め尽くされ、エリア全体の無機的な環境形成、モノトーン化が一気に進行している(イノベーションとは全く逆行する空間が形成されている)。まずはこのような反都市計画的な流れを止める方策を明確にした都心地区構想が求められているのである。

 「杜の都」本来の歴史・生活文化都心への転換に向けての、市民総参加によるビジョンの構築の取組を行い、機能集積と空間整備、スクラップ&ビルド中心の発想ではなく、場所ごとの活動ビジョンとマーチャンダイジング戦略(商品計画。ドイツでは、買回り品は中心部でという規制がある)や市民生活支援活動・機能(例えば、先日の仙台の不登校特例校を坪沼小学校跡地にという新聞報道があったが、これこそ利便性に優れた都心部に配置されるべきである)の創出が必要不可欠である。

 都心地区構想中間案の抜本的見直しの参考のため、1973年9月発行の『杜の都●仙台のすがた その将来像を提案する』(早稲田大学吉阪研究室 発行—仙台デベロッパー委員会34P)の「3−2−2共有物としての都心」「都心のはたす役割」の一部を転記しておく。「都心のはたす役割りは、行政・業務・商業の分野のみならず、文化的・社会活動の場でもある」「都心は本来的には住む場所である」「都心は種々の機能の混在によって集積のメリットのよさを発揮し、居住環境の快適さ、都市環境のにぎやかさを保持しつつ、市民すべてのものにする必要がある」。

◆都市計画にとって泉中央、長町地区構想だけを掲げる意味はない

 縮小社会の中で、「コンパクトシティ」そして「機能集約」というのは当然の課題である。しかし、前述したように長年に亘って副都心として位置付けて来た泉中央、長町地区のみに注目しているが、当該地区においてこれ以上の展開はあるのか、また意味があるのか。泉中央地区も当初の一定の機能集積(公共施設の役割が大きい)後は特に動きがない。また長町地区の場合は、周知の様に東日本大震災の惨事便乗開発があすと長町の事業成立の要因(もちろん市が策定した地区マスタープランも手を付けることなく瓦解)となり、一方の既存商店街の物販店は前述の事態が重なり壊滅し、中高層マンションの乱開発によって埋め尽くされようとしている。

 いずれにしても長町地区や泉地区をマスタープランのサブ拠点として位置付けてもさらなる機能集積や更新が図られる根拠はどこにもない。むしろ今後とも継続される市内全域(市街化調整区域も含めて)、とりわけロードサイドにおける各種のサービス、集客施設の乱立・更新によって、拠点形成のポテンシャルは下がることはあっても上がることはない。

◆身近な生活圏プランとそれを束ねる都市計画マスタープランへの転換を

 コンパクトシティ、機能集約を唱えつつも市街化調整区域における開発、市街地編入(愛子地区等)が止まらない。言うまでもなく地域農業の崩壊とした開発圧(プル要因)であり、このような地区における農業再生なくしてまともな都市計画への道筋を切り開くことはできない(都市計画計画法第2条参照)。

 都市計画マスタープラン下の無秩序・無計画な乱開発は、地域商業・農業の破壊に結び付き、大量の「買い物難民」を産み出している。そして鉄軌道沿線地区においては、中高層マンション建設による住環境の破壊が進み、さらには大量の空地・空家の発生、宅地分割(分譲等)による建づまりの進行など居住地問題は深刻化の一途をたどっている。いずれにしても、これらの問題の発生の主たる要因は「土地利用の自由」と一貫した規制緩和である。

 このような中で、仙台市は立地適正化計画策定の作業を進めているが、仮に公共施設統廃合などと絡めながら鉄軌道沿線地区を中心に都市機能誘導地区や居住誘導地区指定をした場合(これらの線引きは、持続可能性4原則8項目の4-4 公平「公平に取り扱われること(公平な処遇、公正、尊重、多様性)」にも反する)にはどうなるか。明らかに大規模かつ広範な投資・投機的活動による市街地における稠密化・環境破壊が進む一方で空洞化にもドライブがかかり、一段と地域間格差が広がり、地域公共交通へのさらなるダメージともなる(持続可能な開発目標11「住み続けられるまちづくりを」にも反する)。

 特に仙台市は地下鉄利用者の増加と沿線への機能集約を連携しようとしているが、冒頭ふれた1、2、3、4を前提(あるいは若干のマイナーチェンジをしても)にしている限り不可能である。加えて、市街化区域の人口密度が50人/ha程度という低密度市街地における地下鉄計画(成長下でも無理があった)であり、バス交通との結節を図ったとしても全体としては地下鉄利用者増加の見通しはない。公共交通問題改善の出口は、都市全体の土地利用計画と交通計画の完全一体化(地方自治体としての計画主権の確立が前提)と、自律・自治のコミュニティ形成・連携との連結以外にどこにも出口はない。さらに自立性・権限のない市主導のエリアマネージメントに都市や地域の未来を切り開く力はない。

(2021/12/22)

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