先日(2022年3月21日),参議院議員・紙智子事務所の方からインタビューを受けた。25日に大震災復興特別委員会で,災害公営住宅における収入超過者の問題で質問することにしているらしく,たまたま私が震災研のメンバーブログにアップした記事をお読みになって,質疑の参考にお聞きしたいということだった。25日の質疑はインターネット中継で傍聴することができると教えていただいたので,傍聴させていただいた。
紙議員の質問の概要
紙議員は,質疑の後半,災害公営住宅収入超過者問題を取り上げ,まず,東日本大震災で供給した災害公営住宅については収入に関わらず入居を認めた根拠を質し,東日本大震災の甚大な被害を踏まえ,住宅を失った人は居住の確保に特別に配慮する必要があったので収入基準を課さなかったということを確認した。
しかし,入居後は公営住宅法に従って運用されるために,入居3年を経て収入が超過していると,最終的には近傍同種家賃と呼ばれる高額な家賃を課され,退去や世帯分離を強いられること,他方,割り増し家賃によって働き盛りの世帯の退去が進めば,災害公営住宅の高齢化を進め,コミュニティの維持が困難となって,孤独死の増加などの深刻な問題を引き起こしていることについて西銘復興大臣の認識を正した。
さらに,岩手県が住宅被災者を居住の確保に特別な配慮が必要な裁量階層として扱い,この4月以降,その入居収入基準を法が認める上限である25万9千円に引き上げる決定をしたこと,また復興庁自身が2017年11月の事務連絡で自治体独自で収入超過者問題に対処する方策を例示して対応を促したことを指摘して,国として岩手県の取り組みを評価して,自治体に収入超過者の退去を防ぐための対応を促すように求めたのである。
西銘復興大臣答弁の要点
紙議員の質問に対する西銘復興大臣の答弁は,概ね次のようなものであった。
- 大震災の入居時に収入に関わらず入居を認めたが,入居3年を経過して収入超過となると家賃が上がる場合があることは承知している。
- 公営住宅は低額所得者に低廉な家賃で入居させることを目的とするものであり,地域の住宅事情等を踏まえ,入居資格や家賃については自治体が適切に判断されているものと認識している。
- 各自治体は退去する世帯の個別の相談に応じ,住宅の斡旋など,継続して居住の安定が図られるように努めていると承知している。
- 災害公営住宅の入居資格や家賃は,条例において自治体が地域の実情に応じて一定の範囲で柔軟に運用することができることとなっており,それを活用して多様な世代によるコミュニティの形成に取り組んでいる自治体もある。復興庁としては災害公営住宅のコミュニティー維持が図られるよう必要な助言を行っていく。
- 災害公営住宅に対する事務は地方の主体性を尊重するという立場から,順次,地方分権が進められ自治事務となっている。災害公営住宅の入居資格は地域の事情を踏まえて自治体が判断すべきものであり,国が一律に入居収入基準の引き上げなどを求めていくことは適切ではない。
- 一方で,被災地におけるコミュニティーの形成や高齢者の孤立化の防止は大変重要であり,被災者生活支援交付金等を活用して,地方自治体と連携して取り組みたい。
国の姿勢をどのように突破すべきか
西銘大臣の答弁で肝となるのは,上記の下から二番目である。
すなわち,「入居資格や家賃等の災害公営住宅(一般の公営住宅も同様)に係る事務は,地方自治体が主体的に行う自治事務であって,国がその運用について一律に求めることはできない」ということに尽きる。これは,これまでの公営住宅法改正の流れからは,真っ当であって,そのように答弁するであろうことは十分想定されたものである。
しかし,その一方で,大震災発災時には,被災市街地復興特別措置法(以下,復興特措法)により,発災時より三年間という期間限定ながら,一律に入居収入基準を解除している。これは上記の答弁とは矛盾している。すなわち,基本的に地方の主体性に委ねるべきことではあるが,大震災のような(復興特措法自体は,阪神・淡路大震災を契機に制定された)特異な事態のもとにあっては,国として適切と思われる措置を,地方の裁量に優越して実施することもあるということである。ただし,無制限に国の優越的権限が行使されることのないように,法律(すなわち復興特措法)によって,適用する地域の条件を特定し,発災から三年という期限をつけた。
これは法の建て付けとしては一定の合理性があるが,その結果として,借地借家法では厳格に保護されている借家契約者の居住権が蹂躙されるという,著しい人権侵害が起きている。はたして,その状態を国として放置して良いのか,という問題が生じている。
国として,この問題を解決する手段がないわけではない。
復興特措法の改正
まず,根本的には,復興特措法の改正である。同法第21条の「当該災害の発生した日から起算して三年を経過する日までの間は」との記述を削除する。国が地方に対する優越的権限を行使する期間を限定したいという意図は,それなりに理解できるが,他方,被災者の人権の保護は,国と地方の権限のバランスよりも重いと考える※1。
南海トラフ地震や千島海溝地震など,復興特措法の適用を強いられる大規模災害の危険が迫っている以上,収入超過者問題が一過性のものでないことは明らかだから,復興特措法の改正は避けては通れない課題である。
しかし復興特措法の改正は,東日本大震災被災者に遡及できるとは考えにくい。従って,現に収入超過で退去を迫られている人々を救済するためには復興特措法の改正とは別の手段が必要である。
収入超過者問題への対応を自治体に促す明確なメッセージの発信
考えられるのは,国として収入超過者問題を解決する強い意志を地方に対して発信することである。
既に,復興庁は,2017年11月に,被災3県災害公営住宅担当部局宛の事務連絡を発し,収入超過者問題や低所得者向け家賃減免制度(東日本大震災家賃特別低減事業)に関連する問題に対し,自治体が独自にできる対応の例示と法令上の根拠を示し,暗黙理に自治体の独自対応を促した。それがきっかけとなって,岩手県や福島県いわき市のみなし近傍同種家賃の導入,岩手県陸前高田市のみなし特定公共賃貸住宅の導入,その他,多くの自治体における独自対応が進展することになった。ただし,この通知は,独自対応の例示とその法令上の根拠を示したに止まったために,仙台市のように,「民間賃貸住宅のストックが多数あって,収入超過者の退去が居住の安定を損ねるとは考えていない」として対応を拒む自治体があっても,その頑なな姿勢を覆すほどの影響力は発揮できなかった。
それゆえ,仙台市のような自治体の対応を変えさせるには,さらに一歩踏み込み,国として収入超過者問題に対する自治体の対応を促す,明確な意思の表明が必要である。
まず,第一に,収入超過であったとしても,入居者が住み続けたいという意思に反して退去を促されることは,被災者の人権保護という観点から国として重大な関心を持っているという認識を示すことである※2。
第二は,第一の関心に照らして,岩手県などの対応を肯定的に評価し,住宅被災者を裁量階層に位置付けるという岩手県の判断に対しては,国としてその認識を共有していると表明することである。
その上で,第三に,「災害公営住宅の事業主体におかれましては,本来の入居資格を満たさずに入居した被災者が,公営住宅法の規定によって退去を余儀なくされることによって,居住の安定が損なわれることがないように,様々な自治体の取り組みの経験も踏まえて,万全の対応をとられることを期待しています。」と締めくくるのがよい。
このような期待の表明は,地方の主体性を重視する公営住宅法の趣旨に背地することにはならない。既に,地方の裁量に属することについて,国として明確な方向性を示して,地方自治体に対応を促す通知を行っている事例はある。毎年年度当初に内閣府が行っている,被災者生活再建支援法の対象とならない災害における被災者に地方独自の制度で対応を促す技術的助言である。この助言では,以下に引用するように,極めて直裁に,地方の独自措置を促している。
「被災者生活再建支援制度の対象とならない一定規模以下の災害については、各都道府県及び関係市区町村において支援措置の実施について検討するなど、被災者の生活再建支援について、必要な対応を講じていただくようお願いいたします。」※3
みなし特定公共賃貸住宅制度の導入促進
なお,紙議員の質疑では明確に触れられなかったが,公営住宅法第45条第2項に基づくみなし特定公共賃貸住宅の活用は,それが可能であれば,収入超過者問題の解決に極めて有効である。
みなし特定公共賃貸住宅であれば,収入基準は収入分位80%,政令月収48万7千円まで引き上げることができる。上述のように,岩手県陸前高田市では収入超過者対応に活用している※4。ただし,公営住宅法第45条第2項の規定は「公営住宅の適正かつ合理的な管理に著しい支障のない範囲内で」となっていて,その解釈が制約となる。
一般的には,公営住宅の空室募集における募集倍率が低いことが,支障がないと判断する条件となっていることから,仙台市のように募集倍率の高い場合には採用することは困難である。そのため,単に空室募集の倍率だけでなく,現に入居している居住者の居住の安定に資するということも判断要素に加えて,国土交通大臣は「災害公営住宅においては,みなし特定公共賃貸住宅として運用することが,当該災害の被災者として入居している世帯の継続的な居住の安定に必要な場合には,公営住宅の適正かつ合理的な管理に著しい支障がないものとみなす」という運用指針を明確に示すべきだと考える。