<はしがき>
東日本大震災から10年目に当たって、国土交通省が設置した「東日本大震災による津波被害からの市街地復興事業検証委員会」(座長:岸井隆幸・日本大学特任教授)が、市街地復興事業の成果や課題等をまとめた「東日本大震災による津波被害からの市街地復興事業検証委員会とりまとめ」(2021年3年3月31日)を公表した。(本ホームページ「復興検証資料」参照)同省は、今後この報告書の内容を踏まえ、2016年に作成した「津波被害からの復興まちづくりガイダンス」の改訂を行う方針である。
このブログは、この方針や被災地の市街地復興事業の状況を踏まえつつ、報告書の構成に沿って、その問題点等を3回に分けて記す。
■はじめに―「とりまとめ」の目的と検証課題について
本検証委員会(座長 岸井隆幸氏)の目的は「復興・創生期間の最終年である本年度に市街地復興事業(復興まちづくり事業:防災集団移転促進事業、土地区画整理事業、津波復興拠点整備事業)の検証を行い、南海トラフ地震等の切迫する大規模災害に向けて、得られた教訓をとりまとめる」(本文1.(7),P17 )となっている。
本文の構成・流れ、最初に「1.市街地復興事業の概括」を行い、次に「2.復興計画・復興まちづくり計画の策定に向けた基本的な考え方」と「3.復興に関する計画プロセスの留意点について」ふれ、「4.復興事業の進め方」及び「5.各事業の特徴と留意点について」で事業の教訓等をまとめている。
要は「とりまとめ」に記されている内容がこれからの教訓となるのかどうなのかであが、この判断は、どのような問題・課題を取上げ、それを如何に評価したのかによって決まる。しかし、「とりまとめ」の具体的な目的について「1.市街地復興事業の概括」(7)(P17)を見ると、事前復興まちづくりのあり方や事業スピード等をめぐる課題に絞り込もうとしているのではないかと思える。特に「例えば」という書き出しの文章では「事前復興まちづくりのあり方」、「事業のスピードと適切な規模」、「変革の契機にふさわしい土地利用」となっており、問題の広がりを紹介しようという意識はないのではないかと思える。
全体を通読した印象も、所管部局(国土交通省都市局)の市街地復興事業(復興まちづくり事業)制度の“事業評価”、つまり各事業がそれぞれの目的を果たしたのかどうかに焦点が当てられているのではないかと考えられる。中でも「スピード感のある事業実施と、時間をかけた住民意向の把握・反映との間には、トレードオフの関係はあるが」(P17)というように、住民意向とスピードを天秤にかけるような指摘は適切ではない。言うまでもなく、事業の目標が被災者、被災地の生活再建と復興にあるわけで、住民意向の把握・反映なくして事業自体が成り立つはずがない。
しかし、ここでつまずいているわけには行かない。そのためには最初に「とりまとめ」を読み込み、問題点を明らかにしていくポイントを提起しておく必要があろう。それは、第一に事業制度設計が被災者、被災地本位(主体)になっていたのかどうか(基本は住民合意)。第二に住まいや生業の復興と復興まちづくり事業との関係はどうだったのか(持続可能性)。第三に巨大公共工事化した要因は明らかになっているのか(事業選択や規模の妥当性)。第四に国、県、市町村の役割・連携や問題(国県市町村の役割・手続き)等について明らかにされたのかということである。
このブログでは、前述したように「とりまとめ」について3回に分け、今回は(その1)として「1.市街地復興事業の概括」と「2.復興計画・復興まちづくり計画の策定に向けた基本的な考え方」についての問題点を記す。なお、今回記した問題点等について、「とりまとめ」では後半にその方策が紹介されているかも知れないが、その場合はお許し願いたい。
■「1.市街地復興事業の概括」(P1)について
6つの項目からなるが、冒頭の「(1)東日本大震災の津波被害の概要」(P1)については省略する。まず「(2)被災直後における国や地方公共団体の取組」(P2)では、国の復興構想会議提言から各自治体の復興計画、国交省「津波被災市街地復興手法検討調査」、「津波被害からの復興まちづくりガイダンス」の提供それぞれに成果(市町村復興計画への反映)と評価があったとしている。
しかし、市町村の復興計画策定や事業選択を左右したのは、例えば①復興事業方針のような復興構想会議の提言、②基本法、特区法(特に特例措置等)、③事業の迅速性、効率性を徹底的に追求した「東日本大震災の被災地における市街地整備事業の運用について(ガイダンス)」(以下、事業ガイダンス)であった(詳細は後述)。
特に津波防災対応を含む一連のハード(防潮堤建設等)事業の方針をめぐり、「住民合意」や「被災者主体」が社会問題として広がり、国は慌てて(かどうかはわからないが)『【被災自治体向け】東日本大震災の被災地における復興まちづくりの進め方(合意形成ガイダンス)』(2012年6月国土交通省都市局・住宅局)を作成・提供するに至った。さらに、政府の基本方針では、被災市町村を「復興主体」と位置付けていたけれども、「広域調整」(これ自体の意味が不明であるが)を担う県の姿勢(トップダウンの宮城県と被災地・人主体の岩手県の違い)が復興計画・事業のあり方を決定づけたと言え、このような状況についても問題点を集約し、検証すべきである。
「(3)市街地復興事業の全体像」(P4)については、3事業それぞれの成果を概括している。実際は、市町村が白紙で被災状況を踏まえた事業選択をしたわけではなく、事業ガイダンスの3事業ありきで検討された(宮城県はこれに建築制限<建築基準法84条>が加わる)。しかし、このような現実と問題点については、一言もふれていない。「(4)復興事業を支えた特例制度等」(P10)については、特例制度自体の問題にはふれずに、「加速化措置」に焦点を当てている。しかし、3事業の一体的な適用による事業の迅速性、効率性追求は、被災住民の分断に結び付き、さらに安全至上主義とが重なるなどして事業規模が拡大したり、事業期間に影響を与えたと想定されるケースもあり、今後とも事業経過の精査に努める必要がある。さらに、「(4)復興事業を支えた特例措置等」(P10)では直接ふれていない制度自体の問題が、どれだけ沿岸地域の持続可能性(社会、経済、環境)に影響を与えたのかが問われており、いずれ検証課題として浮上するだろう。
「(5)市街地復興事業の事業期間」(P12)については、事業期間のみを取上げて復興の長短を論ずる意味はなく、前述したように復興計画策定と事業プロセスと合わせた事業期間の分析が重要なのである。敢えて、事業スピードを取上げるのであれば、優れたリーダーシップと住民合意であることは明らかであり、このことについての指摘がないのも不思議である。
また、被災地における土地区画整理事業の施行期間が、同時期に行われた全国の公共団体施行との比較で、「1/4程度に短縮されている」としている。しかし、予算措置や復興特区法による特例制度、さらには加速化措置を講じた事業と、他の一般の事業を単純に比較することが果たして妥当なのかどうか疑問である。
「(6)計画規模の設定」(P14)については、それぞれの事業の土地活用率との関係で見ているが、その視点は妥当である。しかし、その根拠とされている調査データ(「東日本大震災からの復興に係る土地区画整理事業における土地活用状況」2020年12月末現在)による『「土地活用済」とは、建築済のほか、農業的利用や駐車場利用等、何かしら土地活用を行っている状態をいう』としており、この中には相当程度暫定的な活用も含まれていると考えられ、むしろ実際に行われるビルトアップの要因と土地属性の紹介が先である。特に土地区画整理事業地区の規模評価は、民有地(被災前からの空地、買収の対象外の宅地などが混然としていると考えられる)と保留地(これ以外の公有地も含めて活用が確定している場合が多い)の活用についての実態把握と分析が前提となる。計画規模に関わる問題をいち早く紹介したいのであれば、今回の土地活用率がとりわけ低い事業地区の問題を取り上げるべきである。いずれにしても計画規模の評価、検証については、中長期的なビルトアップのモニタリング調査が不可欠である。
「(7)市街地復興事業の課題と本検証委員会の目的」(P17)については既に冒頭でふれたのでここでは省略する。
■「2.復興計画・復興まちづくり計画の策定に向けた基本的な考え方」(P18)について
7つの項目からなるが、その項目「(1)人口減少・高齢化等を踏まえた計画策定の必要性」~「(6)平時のまちづくりとしての事前復興の重要性」はまさに復興まちづくり事業の前提となる計画段階において配慮されるべき点である。しかし、前項でふれたように復興構想会議提言から事業ガイダンスに示される事業主義、つまりその迅速性、効率性の追求は、時間を要する復興計画の総合性、戦略性の構築を駆逐したと言って良い。事業ガイダンスの「■はじめに 1.策定の目的」(P‐0)では、事業の前提とすべき点について「今後の復興まちづくりに当たっての都市デザイン面からの配慮事項について、『復興まちづくりにおける景観・都市空間形成の考え方』を作成したので添付する。」とその意義自体にはふれているものの、事業の前提としての計画の役割、位置づけまでは踏み込んでいない。
「(1)人口減少・高齢化等を踏まえた計画策定の必要性」(P18)についてであるが、このタイトルの背景になっている東京一極集中や産業空洞化に関する国の責任にはふれていない。地域経済の疲弊について、市町村の復興計画のみで対応することは全く不可能であり、ましてや被災直後の人口移動・流出への対応などは容易にできるものではない。例えば、被災した宮城県山元町の場合、被災前の町外通勤者の割合は6割を占めていたが、被災によって一気に町外へ、とりわけ多くの賃貸住宅を有する仙台市への流出が進んだ(みなし仮設住宅の問題もある)が、果たしてこのような事態に前もって対応できるのか。この意味でも、最後の「被災者の(中略)ニーズはもとより、震災による社会変化を踏まえた現実的なニーズ・需要を見極めた上で、真に適切な事業規模等を備えた計画とすべきである」(P18)と結んでいるが、責任の所在が不明であり、全く説得力がない。
「(2)総合的・分野横断的な観点を踏まえた計画のあり方」(P20)については、主に津波防災計画のあり方についてふれているが「住民や被災市町村によって考え方も異なる中、合意形成に時間をかけながら計画策定を進めた」というのは事実とは異なる被災自治体が多いのではないか。なお、津波防災についての県の方針による違い、つまり岩手県は地域の独自性をふまえた複数の方針を掲げ、一方の宮城県では国の方針をさらに補強しトップダウンで推進という状況にもふれ、それが市町村の津波防災計画にも大きな影響を与えた点も明らかにする必要がある。
さらに計画策定をめぐる被災地自治体のかかえる問題は深刻であった。例えば、石巻市の場合、行政機関自体の壊滅は免れたが、計画策定・調整を含む行政機能は、震災直後からしばらく機能不全に陥った。この背景には「平成の大合併」と呼ばれる広域合併があり、石巻市雄勝地区復興(防潮堤建設と高台移転)の失敗の背景にもなっている。このような計画策定を担う主体の状況とその背景にも言及されなければ「総合的・分野横断的な観点を踏まえた計画のあり方」についての論は成立たない。
さらに、後段の市街地復興の方法づけに関わる表現で「個別に検討して最適解を導くのではなく、全体最適がもたらされるような、総体的、分野横断的な観点を踏まえて計画を策定することが重要である」(P20)としているが、このこと自体も事業の迅速性、効率性の下で追求されなかったと言って良い。むしろ、今回の防潮堤建設と復興まちづくり事業が一体となった巨大土木事業が「全体最適」のような状況を作り出したこと自体の問題を明らかにすべきである。加えて「リスクゼロを希求」に対する総括(津波防災における国の責任等)も求められる。
以上の点とも関係するが、「災害リスクと向き合う環境を整えることで、対象とする災害リスクを相対的に考えられるような意識を醸成することも大切である」(P20)の指摘は大変重要であるが、これも何故そのことが追求されなかったのか明らかにする必要がある。
「(3)持続可能性が確保された計画策定」(P22)では、主に高台移転、集団移転の持続可能性についてふれているが、この事も事業期間と予算を決めて迅速性、効率性を追求する事業のあり方が、その結果に多大な影響を与えた。本文の(特徴と課題)で高台移転の一部のケース(小規模移転と集落への差込み)を取上げているが、小規模化の原因は、特例措置による要件緩和(集団移転は5戸以上)等にあるとの指摘はない。
また、宮城県の安全至上主義や職住分離の方針が、小規模化に拍車をかけたが、その指摘もない。『宮城県復興まちづくりのあゆみ』(2021年3月宮城県)の「はじめに」では、「ハード整備事業については、ポスト復興に移行していくこととなりますが、人口減少、高齢化のさらなる進展が見込まれる中、(中略)10 年後 20 年 後を見据えた持続可能なまちづくり」と、事業と持続可能性の切り離しを意図しているのではないかと思わざるを得ない状況認識である。
さらに、山元町における集落の集約化がコンパクト化のモデルのように扱われているが、生活サービス、利便性(一部)の拠点形成(同時に町内の小売商業へのダメージも)というだけで、旧来からの支え合いの消失、伝統的な集落・田園文化空間における生活の喪失、さらには移転対象からは除外された集落との格差の拡大という新たな問題の発生等、全体的にはむしろ持続可能性の低下に繋がったのではないかと言える。
「(4)復興は変革の契機」(P23)とは、まさに創造的復興の方向をさらに強調したいのだろう。しかし、その姿について本文から読み取ることができるのは、賑わいという都市的生活の一断面であり、これではあまりにも貧困である。確かに「土地利用ニーズ」と言って良いのか、女川町中心部や南三陸町志津川等にはこれまでにはなかった観光拠点(商業拠点)がつくられた。しかし、被災前には自然に形成された多様な生活の混合・文化があり、それが地域と家族の暮らしを支え、その町らしさとなっていた。ところがこの継承を許さなかったのは宮城県の「災害に強いまちづくり」の職住分離の方針でもある。本文の(教訓)では、「先取りしたビジョン」(拠点形成も含むのだろう)を共有し、「計画、事業の弛まぬ見直しを図るべきである」とその自助努力について指摘しているが、むしろこれまで数多の「拠点」の持続可能性を阻害して来た政策の問題・責任にこそ言及すべきなのではないか。
「(5)人の復興と、地域の復興の関係について」(P24)では、特に自力再建の有効性に焦点を当てているようであるが、これ自体もワンパターンの建築制限と復興まちづくり事業の展開の押し付けのため、人の復興も地域の復興もバラバラになってしまったケースがあまりにも多い。特に県、町までが被災後の集落の集約化を唱えるなどというのは、人の復興も地域の復興も顧みないということに等しい。空間形成のみを目的とする集団移転、集約化は復興ではない。復興とは失った関係、つまり、人と人、人と地域、人と事、モノの関係を住民主体で取り戻すことである。
特に生活再建の面では、表面化した在宅被災者問題があるが、この現実や要因などについても明記する必要がある。最近、若干の制度改善はあったものの抜本的な支援制度が確立されなければ、問題は繰り返される。なお、今回の復興まちづくり事業地区(土地区画整理事業地区)にこれらのケースが現存しないことを祈りたい。
本文にある住宅再建支援策の要件が、計画の合意形成の要件であるとの指摘は、至極当然ではあるが、そもそもこれ以前の復興まちづくり事業と災害公営住宅整備部門の連携が充分に図れなかったケースも多い。これは事前復興まちづくり以前の平時の問題である。
「(6)平時のまちづくりとしての事前復興の重要性」(P25)についてであるが、「大災害は社会トレンドを加速させる」との指摘であるが、東日本大震災は、被災地疲弊の加速の一方で、政府の規制緩和の「トレンド」が、復興まちづくり事業の制度設計にも及び、3事業一体のワンパターンの事業が、パターン調査(直轄調査)で実現に移行したとも言える。もしも、今後の災害においてパターン調査の様なハード優先の事前復興の取組になれば、事前復興が「事前確定」復興まちづくり(事業計画)になる可能性がある。今回は、その内容に踏み込まないが、「立地適正化計画」との連携を前提にすると空間形成、機能誘導先行の「事前確定」復興まちづくり事業になり、「予算」がつき「迅速性」、「効率性」が走り出せば、復興の理念追求や住民合意形成の努力は無に帰す。 (2021年7月30日)